疲労感は重要なバロメーター

ふつうの人はこんなことに悩まないのだろうが、運動中毒者にとって、疲労との向き合い方は非常に重要である。ハードな運動をするほど、自分が浄化されるような感覚がある。それはつまり、運動していないと、自分が汚れているように感じるということでもある。あるいは、精神的ストレスを感じると、それを解消しようと運動に走ることになる。

だが、運動後の達成感を追求するあまり、肉体疲労への配慮がおろそかになってしまいがちである。運動すると心身が活性化するが、その表面下では身体が疲労している。運動はある種ドラッグみたいなものだから、もっともっとと欲しくなる。運動直後に、もっと運動したくなったりする。身体は疲れているが、神経は興奮しているからである。

こうして適切な休養を取らないで運動を続けていると、まず、不定愁訴が現れる。倦怠感や疲労感がつきまとい、気分が落ち込み、不眠、便秘、などの症状も出る。仕事も勉強もはかどらない。それでも、運動後の達成感、そして運動しているという事実が欲しいがゆえに、運動をしてしまう。

今回はそういうった事態に陥るのを避けるために、筋トレは中5日の間隔を順守した。しかし、中5日休めばどれだけ高強度の運動をしてもいいということにはならなかった。1ヶ月程度はそれで問題なくても、少しずつ繰り越す疲労が蓄積し、結局、ぐったりして、生活の質が下がってしまった。それを反省し、中6日、脚トレは1種目という新しいプログラムに変更したが、そもそも運動メニューありきでなく、体調ありきで決めるべきである。つまり疲労をバロメーターに、運動量を調節するこということだ。

すっきりとして過ごす日は皆無といっていい人生だった。運動は大事だ。しかし、生活の質を犠牲にしてまでやってしまったら、なんの意味もない。それによって大金が稼げて一生遊んで暮らせるようになったり、女性にモテるようになれば、まだやる価値もあるのだろうが、どちらもない。ただ残るのは、灰色の日々である。一瞬の運動後の快感を得るために、大きな犠牲を払う必要はない。運動中毒からの解脱が、私にとっては、少なくとも快適な生活を送る上で必要のようである。

40代。語学(英仏)をマイペースで勉強(主に読書)していて、たまにウクレレを弾く。バーピーなど自宅でできる自重トレを習慣化している。

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