年のせいなのか、1年があっという間に過ぎる。いったいこの一年で何をやっただろう。春に引っ越しをして、隣人のゲーマーが深夜に叫ぶのに喫驚し憤怒し、社会人大学院に挑戦するも撃沈し、パリに出張し、と、まあそれなりにいろいろとあったな。
常に会社のストレスを感じて発狂しそうになり早く自由になりたい、でもなれないと悶々とし続けてきて、今もしている。
物件をみにいったとき、案内してくれた20代のスタッフが会社に「40代くらいの人です」と報告の電話をしているのが耳に入り、ああ、若い人には、もうそんな年にみられるのだなと、改めて自分の年を思わされた。
もし今すぐ結婚して子どもができたとしても、彼だか彼女だかが成人するときに、私は60代半ばなわけだ。いろいろと厳しい現実が突きつけられる。
昔ボクシングジムに通っていたとき、「ボクシングをやっていれば60歳でも子どもをつくれる」と豪語していた60代くらいにみえる人が言っていた。ボクシングでなくてもいいけど、格闘技は何かしらやりたいと思う。手首もだいぶ回復してきたし、また柔術にも挑戦したい。
体重もこの1年で大きく増加した。自分の変化は気づきにくいとはいえ、会う人会う人にでかくなったと言われるのだから、相当太ったのだろう。最近は毎朝1時間ウォーキングしているし、バーピーも定期的にやっているのに、肥満が進行する。結局、食べ過ぎなのである。量を食べるし、食後には必ずスイーツを食べる。昨日も天下一品でラーメンと豚キムチの定食を食べた後で、クレープを平らげた。やれやれ。
好きな人はいる。中国人である。だから中国語の勉強を始めた。それも、後で振り返ったときに、今年のトピックの一つになるかもしれないし、ならないかもしれない。ピンインの発音練習だけで、えらく疲れたし。つくづく、日本語は肉体的な言語ではないと感じる。英語もフランス語も、特定の音を出すために喉や舌、表情筋を駆使しなければならない。面白いものであるが、続けなければ進歩はない。
TOEICは大学院の審査書類に必要だったので夏に受け、835点だった。Aクラスといわれる860まで及ばなかった。毎年年末に受けているので、今年も申し込んだから、今年は2回受験することになる。最終的に900点超えをして卒業したいと思っているが、これは来年に持ち越しかなと思っている。リーディングの量を増やさないとスコアアップは見込めない。
結局、人生というのは、こうやってジタバタしながら1年、1年と過ぎていく時間の集積なのだろう。生物としての生命をまっとうするということは、そういうことなのかもしれない。死ぬまで生きる、それだけである。