多読の限界

カミュの「異邦人」をフランス語で読んでいる。一回目は、まったく辞書を引かずに読んだ。簡単な文章で書かれたところ以外は、ちんぷんかんぷんである。それでも気にせずがんがん読む。それが多読である。

そうすると、不思議なことに、2回目を読むと、よりストーリーの輪郭が際立ってくる。1回目のときに辞書を引いていないので、ボキャブラリーが増えたわけではないのだが。集中力の問題なのか、とにかく2回目のほうが理解が進んだ。

ところが、である。3回目の今は、わからない単語をいちいち辞書で調べるようにしている。なんとなくわかっているつもりの単語でも、念の為調べる。そうすると、思っていた意味とは違っていることがよくある。英語の似たような単語から類推することがあるが、それが合っているときもあれば、間違っているときもある。

たとえば、actuelment というフランス語の単語がある。actually に似ているので、実際に、とか、そういう意味のように考えてしまいがちだが、本当の意味は、今、である。フランス語のほかの言葉でいえば、maintenant である。

いちいちわからない単語を調べるから、読むのに時間がかかる。一方で、当然のことながら、どのような描写がされているかを、しっかりと掴める。まあ、辞書を引かないでも読める箇所もところどころにあるから、まだ続けられるが、これが全部が全部、わからない単語だらけだったら、挫折してしまうかもしれない。

いずれにせよ、外国語の読書を楽しめるようになるには、長い時間がかかる。読めば読むほど、力がつくのは確かだと思う。だが、よくわからないのに無理してたくさん読もうとすると、心が折れるリスクも高まる。だから、時間がかかるものと覚悟して、できる範囲でコツコツ続けていくのが、結局は一番の近道なのかなとも思う。

40代。語学(英仏羅希)、格闘技に興味あり。たまにウクレレを弾くが、ハワイアンは弾けない。いつかヨーロッパを3ヶ月かけて旅して回りたい。体調を崩してから禁煙し、コーヒー、甘いものを避けている。最近は鳥を観察するのが好き。バードウォッチングのコミュニティに参加したいような、したくないような。

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フランス語
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