25年やって駄目なら、30年、40年とやるだけ

文章を書く習慣ができてから、およそ25年が経過した。四半世紀である。始めた頃は、毎日書けなかった。ノートに手書きで書くのだが、1ページを使うのに、数日かかっていた。それが次第に、毎日書くようになり、1日で1ページ書くようになった。

その後は、多いときは毎日10ページ書いていた。少ないときは1ページだが、基本的に毎日欠かさず書いた。内容は他愛のないもので、繰り返しも多い。単に書く習慣がつけばいいと思っていたから、内容について深く考えはしない。やるせない気持ちが高まれば、呪いの言葉を書きつけるので、ストレス解消、セラピー的な要素も強い。

いまでも、平均して3ページを毎日書いている。こういう生活を25年続けて、これといった成果が出ていないというのも、ある意味ですごい。仕事は書くことなので、役に立っていないということはないだろうが、それでも、若いときに思い描いたような、ベストセラー作家にはなれていないし、なれそうな気配もまったくない。

でも、同じことを長年続けることによって、特別な能力がついたり、大金を稼げるようになることは、可能性としては、なくはないと思っている。25年やって芽が出ないのだから、才能がないのは明らかだが、しかし、30年、40年と続けていくうちに、成功できないと、誰が言えるだろう。

投資の神様といわれるバフェット氏が築いた財産の95%くらいは、彼がもういい年、50代か60代になってからのことだそうだ。投資を始めたのは10代だという。つまり、40年、50年と月日が経ってから、大きく成功する事例も、世の中にはあるということだ。投資と書くという行為を同列には語れないが、それでも希望の持てるエピソードだ。

どんなことでも、10年頑張ればプロフェッショナルになれると言われる。25年たってまだサラリーマンをしている自分は、救いようがないと思う一方で、ここまで来たら、生きている限り努力を続け、50代、60代になってから成功してやろうという気にもなってくる。

大器晩成であるならば、成功し、得た富を十分に使い、人生を元気に謳歌できるよう、健康管理には気をつけないといけないと思う。

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