終戦記念日の日に、また不整脈の専門医の診察を受けにいく。3ヶ月ぶりくらいかな。来る必要がないと思ったらキャンセルしてもらってもいいと言われたけど、念の為行ってくる。まあそこでまた深刻なことを告げられたらショックを受けて病んでしまうのかもしれないけど。
とにかく今の心境としては、死んだらしょうがないやというものだ。脈をつくりだす機能が少しおかしくて、2秒くらい脈がないときがある。2秒なら大した問題じゃないと思うけど、とにかく脈がつくられないと、血液が心臓から送り出されない。脳への血流が途絶えると、失神してしまう。この病状で死ぬことはあまりないらしいが、倒れたときに頭を打ったり、高いところから落ちたりする危険はある。
ペースメーカーを植え込むのが唯一の治療らしい。脈が早くなる症状には薬もあるし手術もあるらしいけどね。
とにかくそんなわけで、まず自分が人生でやりたいと思うことをやろうという気持ちになっている。他のことは、それをやり終えた後でいいじゃないかと。だから、再来年には仕事をやめて、ヨーロッパを3ヶ月間、観光ビザの期間いっぱい、旅行して回りたいと思っている。それがやりたいことの一つだからだ。なぜ再来年かというと、今はまだ症状がある。これは心臓由来というより、メンタル由来だと思うが、とにかく長時間のフライトに耐えられるかわからない。いつ死んでもいいといいつつ、旅の途上で体調を崩して死ぬのは困る。まあでもその覚悟も持たないとダメか。
再来年まで待つほかの理由としては、帰国後は仕事がないからなるべく貯金しておきたいというものがある。フランス語のレベルも上げておきたい。来年はフランスでオリンピックがあるから何でもかんでも高くなる。脱サラ後にどうやって食っていくかも考え、計画を練らなければならない。まあ、そういう将来の心配は、死んでしまっては意味がない。貯金があっても死んだら意味がない。ヨーロッパを3ヶ月間周遊できるだけの金があればいいんじゃないか。でも、もし帰国後にも元気だったら、金が必要になる。そんなことをつらつらと考えているが、本当に再来年に会社を辞めて欧州旅行に行くかどうかは自分でもわからない。でもどこかで思い切る必要もあると思うので、辞めたくなくても一歩を踏み出すことを自分に要求するだろうな。そのときになってみないとわからないけどね。親の介護が必要になって、そんなことをしている場合じゃなくなるかもしれないし。だから本当は、いま行ったほうがいいと思うんだけどな、そうしないということは、本当の情熱とは言えないのかもしれないな。