こうあってほしいという妄想に耽りがち

過去に起きたことについて、自分の望む展開に書き換えて妄想することがよくある。一番は、学歴である。妄想のなかで、人と会話しているとき、有名大学の何学部だ、ゼミの先生はどうだった、などという会話をしたがる。実際には、大学は通信制を大人になってから卒業しただけである。学歴コンプレックスが、もしいい大学を出ていたら素晴らしい人生だったろうなあ、という悲しい妄想を掻き立てるのだ。そして、その妄想をしているときは、満たされた気持ちになる。生理学的に言えば、ドーパミンが分泌されているのだろう。ドーパミンかどうかは知らないが、快楽物質が出ていると思う。

しかし、現実は寂しいものである。こういう学歴コンプがあるから大学院に入りたかったということもあるが、現実をみず、こうあってほしいという妄想の中に生きているようで、健全ではないだろう。
実際の人生と、理想の人生の乖離が大きいから、こういう妄想が生まれるのだろうか。

妄想が創造に結びつけば、まだ救いがあるのだが。小説でも書けば、妄想も生産的になる。だが、願望をベースとした妄想が創造に結びつくことは、まずない。願望と創造の間には、大きな隔たりがあるようである。

ポルノ中毒が問題になっているが、この私の妄想癖も、同じようなものなのかもしれない。現実逃避、妄想の中での願望成就、刹那的な快楽など、共通点が多い。しかしポルノ中毒が脳の構造を変えるほど恐ろしいものであると言われるのだから、妄想を楽しむ奇妙な癖も、害がないとは言えないだろう。

仮に妄想を創造という生産的な営みに昇華できるのであれば、ポルノ中毒も何らかの有益なものに転換可能なのだろうか。ちょっと考えても、思い浮かばない。ということは、妄想から創造への経路があるという考えは、幻想に過ぎないのかもしれない。

一方で、アメリカの有名な実業家が言うように、思考は現実化するのだろうか。こうあってほしいという願望と、思考は違うのだろうか。そもそも、思考とは何か。願望と何が違うのか。それも不明瞭である。
願望がなければ、思考も生まれないのではないか。また、思考のない願望が妄想と言えるのだろうか。確実に言えることは、妄想をしたところで、人生にはなんの意味もない、つまり、影響がない。少なくとも、ポジティブな意味では、影響がない。学歴がこうだったら、という妄想が、私に何かをもたらしてくれただろうか。NOである。大学院に出願したのは、学歴コンプを克服したいという願望があったからだが、有名大学を出たという妄想は、なんの役にも立たない願望の副産物であるに過ぎないようである。

となると、妄想は時間とエネルギーの無駄ということになる。こうした快楽刺激は、SNSなどで取り沙汰されている害と同じように、忌避すべきものなのだろう。妄想をし始めたら、意識的に展開を止めるようにしてみようか。ありもしない過去をでっちあげて、自分を慰めることをやめたら、少しは人生が上向くだろうか。自分の人生を生きているという実感を少しは味わえるだろうか。その実感は、もう物心ついた頃から、持ったことがないのである。

こうあったらよかったという妄想に耽りながら、半世紀近くを生きてきてしまった。未来はこうであってほしいという願望もあるのだが、どちらかというと、過去がこうであったらよかったのにという妄想ばかりしているようである。どうせなら、こうありたいという未来を強く思い描くことに労力をかけたほうがいいだろう。過去は変えられないが、未来はつくれるのだから。これこそ、創造的な営みと言えるのではないか。そうだ、妄想を創造に転換する道があるとすれば、過去ではなく、将来を妄想すればいいのだ。なぜか、知らず知らずのうちに、おそらく年を取ったせいだろうが、明るい、素晴らしい、心がウキウキするような、未来に対する妄想をしなくなってしまった。もし、強くありたい未来の姿を思い浮かべることができれば、そしてそのイメージを繰り返し繰り返し自分に刷り込ませれば、本当にその未来が実現するかもしれない。少なくとも、変えられない過去を書き換える努力をするより、何百倍も有益である。

いきなり明るい、望む未来を思い描くというのは、思っている以上に難しい。どうしても、そういう未来が実現しない言い訳を探してしまうようである。金はない、もう年だ、才能もないのもわかっている、という感じで。でも、ゼロベースでいいので、どんな未来を創造したいのか、自分に問いかけることから始めればいい。どうなれば、自分は限りある人生を意味あるものと感じることができるのか。条件は度外視し、まず自分が望む未来をクリアにしよう。それをはっきりさせれば、自ずとやるべきことや、できることできないことなどが、みえてくる。そうして、現実的な、しかし妄想に耽溺している人間には絶対に手に入らないような、しっかりとした未来が手に入るのではないだろうか。

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